ぐりんぱーく野市店だより
<バックナンバー/2000年1月号>


不肖の店長 春海靖人からの新年のご挨拶

記念すべき2000年の年明けは、皆様いかがお過ごしでしたでしょうか。 当社では、恒例の年頭会議も終え、本年最初のオイル交換イベントを実施。今回は過去最多、400台ものお車のご入庫をいただき、 社員一同お正月休みボケも一挙に吹き飛んだところであります。 グリーンパークの一点におきましても、新年最初の商談でめでたくご成約をいただき、開店9周年を向かえる本年もまずは順調な滑り出しとなりました。 1月早々から来年のことを語って鬼を爆笑させるのもどうかとは思うのですが、21世紀のスタートとなる来年に野市店が10周年というのもなにかの奇縁でありましょう。 ごく私事ではありますが、今年は辰年の年男でもあります。前号の年末ご挨拶「35歳のブルース」は、一部お客様の間でバカ受けではありましたが、 3回目の年男を機にもう少しまともなオトナにシフトしていきたいと考える次第です。 そして輝かしい21世紀と10周年を迎えることができるよう、20世紀最後の1年は、スタッフ3名が力を合わせ、 今まで以上に親しんでいただける店作りに励みたいと存じます。本年もよろしくお願い申し上げます。

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ミニカーギャラリー ピット高知

昨年10月よりビスタ高知本店内にミニカー専門店「PIT高知」がオープンしました。 12月からは、野市店でも30〜40台展示して販売を始めたのですが、年末年始、これが結構な売れ行きであります。 ミニカーのコレクターというのは、かなりマニアックな知識をお持ちの方が多く、スタッフも勉強が大変なのですが、 春海の場合、自身がミニカーのコレクション歴10年の剛の者でありまして、何の苦もなく応対させていただいております。 私の道楽が会社の役に立つ日が来ようとは思ってもみませんでしたが、時の流れの不思議さであります。 ともかく、宝石のように美しくかわいい1台1台ですので、ぜひ一度覗きにおいでてください。

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坂本進二のミレニアムスペシャル 「お気楽 幡多の旅」

皆様、新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。 私は正月休みを利用して、家族6人で大方町の「井の岬温泉」へ行って参りました。この温泉は20数年の歴史があり、 窓から飛び込みができるぐらいの海辺にあります。1度入ったら肌がつるつるになる素晴らしい温泉と、 取りたての魚介類が食べきれないぐらい並ぶ豪快な料理が魅力です。楽しみにしていた釣りは雨のため中止。のんびりとした新年のスタートとなりました。 帰りは、道中どこに寄るでもなく、最近あちこちにできている話題の「道の駅」で休憩しながら帰りました。 窪川町にある「あぐり窪川」の豆腐で作ったアイスクリームは妻のお気に入り。ちょっと遠回りして「四万十大正」では石の風車にびっくり。 「ホントに回るのか?」と訝しげな父の疑問に私は棒でつっついて回して見せました。須崎では、「かわうその里」で長女のおむつ交換。 全員でカツオのタタキを立ち食いし、3節も買ってしまいました。終わってみれば食べてばかりのお休みでベルトがきつくなったのは言うまでもありません。 最後に、井の岬温泉でホテルの下山様とスタッフの皆様、たいへんお世話になりました。また寄らせていただきます。

新春スペシャル 春海教授の「伯父さん日誌」

毎年ブラブラ、ゴロゴロしながら過ごす年末年始の休暇ですが、 今年は大阪に住む妹の長男(小1)が帰省してまいりました。今回妹は同行せず、「おかげでゆっくりパソコンで遊べるわぁ」 と関西弁でのメッセージ。まったくお気楽な母親ぶりでありますが、日頃兄貴らしいこともしてませんのでせめてもの罪滅ぼしにと、 私の父と交代で子守りを務めることと相成りました。 甥なんてモノは、日頃会えない時こそ会いたいと思うのですが、実際のところ7歳男児の暴れっぷりには1〜2時間も一緒に過ごすと 「もーウンザリ」って感じです。現在育児中の方、ならびに立派にお子様を育て上げられた方から見ると、笑止千万だとは思いますが、 この年まで勝手気ままに生きてきた私には、けっこう高いハードルであります。 ともかく、「良き叔父」たるべく年末から正月にかけてオモチャを買ってやったり、水族館や遊園地に連れて行ったりと、いろいろ工夫をしてみました。 でも、これは以前から感じていたことですが、肉親として小さな子供を喜ばせてやるには、そういうこととはちょっと違った部分が大事なようです。 たしかにオモチャにも遊園地にも喜ぶのですが、要は一緒にいるときに、こちらから伝えるものと向こうから帰ってくるものの、量というか密度というか、 そのやり取りが活発であるほどお互いにとって楽しい時間であるような気がします。たとえば、近所の山でモデルガンの打ち合いごっこをしていたとき (幼い頃からのモデルガンマニアの私としては、これからじっくり教えていきたい専門分野)や、スケートボードの練習をしていたとき (これも昔とった杵柄でいろいろ教えられる)の方が、双方に忘れがたい思い出になりそうです。実際、私がスケートボードでぶっ転んだ時、 甥はこの1週間の滞在中でもっとも嬉しそうに笑い転げておりました。 それやこれやで無事子守り役も果たし、大阪に帰る甥を見送りました。また半年か1年は会えない日々が続きます。たぶんその間に私が思い出すのは、 小さな身体にスケートボードを抱えて坂道を駆け上がってゆく甥の後姿。転ぶ前に私が支えてくれると信じて、こちらに向かって滑り降りてくるときの表情。 このあたり、さすが鬼の目にも涙でありますが、ヤツが思い出すのは、ブザマにひっくりかえった私の姿かと思うと・・・ちょっと腹が立ちますね。

野市店だよりバックナンバー>>1999年12月号